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神戸地方裁判所 平成元年(ワ)1678号 判決 1991年3月26日

原告

トヨタオート兵庫株式会社

被告

原行男

主文

一  被告は、原告に対し、金二一五万三七五〇円及びこれに対する平成元年一月一〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金二三八万六〇〇〇円及びこれに対する平成元年一月一〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故(以下「本件事故」という。)の発生

(一) 発生日時 平成元年一月一〇日午前四時二〇分ころ

(二) 発生場所 神戸市灘区大石南町三丁目

県道高速神戸西宮線上り二六・六KP

(三) 加害車 被告運転の普通貨物自動車

(四) 被害車 松本耕三運転の普通乗用自動車

(五) 事故態様 追突

2  被告の責任原因

被告は、前方不注視の過失により本件事故を惹起したものであるから、原告の被つた後記4記載の損害を賠償すべき責任がある。

3  本件リース契約の存在

原告は、被害車を所有しているところ、本件事故以前の昭和六一年三月一〇日、松本光男(以下「松本」という。)との間に、左記内容の自動車フアイナンスリース契約(以下「本件リース契約」という。)を締結し、松本は、原告から被害車の引渡を受け、これを使用していた。

(一) リース対象物件 被害車

(二) リース期間 昭和六一年三月二九日から昭和六四年三月二八日まで

(三) 特約

本件リース契約終了後、松本においてリース対象物件を予定残存額金一六〇万円にて買取請求できる。

4  原告の損害

(一) 車両修理代 金一二〇万円

(二) 代車料 金四八万六〇〇〇円

(1) 被害車は、前記3記載のとおりリース対象物件であり、ユーザーである松本の責に帰すべからざる事由によつて、同人において被害車を使用収益することができなくなり、他方、原告においてリース料を取得している以上、原告は、被害車の代車を調達して、これをユーザーに使用収益させるリース契約上の義務を負つている。

(2) そこで、原告は、原告の負担において被害車の代車を調達し、これを、平成元年一月一〇日から同年三月末日までの八一日間にわたり松本に使用させたものであるところ、原告は、右期間の代車料金四八万六〇〇〇円を負担しているから、右同額の損害を被つたものである。

(3) なお、被告は、本件リース契約約款第五条、九条、一六条を援用して、原告には代車料の損害が発生しない旨を主張しているが、右各条項はいずれも、原告と松本間の本件リース契約締結時における原告の松本に対する引渡義務の瑕疵担保規定にすぎず、リース契約継続中に第三者によつて惹起された加害行為についてまで適用されるものではない。

(三) 価格落代 金四五万円

(1) 本件リース契約における被害車の予定残存価格金一六〇万円は、下取価格と同価格であり、したがつて、松本は、本件リース契約終了時、被害車につき下取価格での買取選択権を有していた。

(2) 原告は、本件リース契約期間満了後、松本から、被害車の買取請求をされたところ、被害車の時価による評価額は、本件事故により金一一五万円に低下していたため、原告は、松本に対し、被害車を金一一五万円で売却することを余儀無くされ、本件事故がなければ取得し得たはずの売却価格金一六〇万円との差額金四五万円相当の損害を被つた。

(四) 弁護士費用 金二五万円

(五) 以上損害額合計 金二三八万六〇〇〇円

5  よつて、原告は、被告に対し、右金二三八万六〇〇〇円及びこれに対する本件事故発生日である平成元年一月一〇日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は争う。

3  同3の事実は、原告主張の特約を除き認める。右特約は知らない。

4(一)  同4(一)の損害額は争う。

(二)  同4(二)の損害の発生及び被告の主張は争う。

リース契約においては、リース業者である原告に代車を提供すべき義務はなく、仮に代車を必要としたとしても、それは松本に生じた損害であるから、原告主張の代車料は原告の損害に該当しない。蓋し、本件リース契約においては、原告は松本に対し、リース契約において定める日に、定められた場所において、設備・外観その他すべての点においてリース目的の限度で良好な状態にあることを確認のうえ、被害車の引渡をすべき義務を負担しているだけであつて(本件リース契約約款第五条)、いつたん車両を引渡した後は、ユーザーによる使用収益を受忍するのみであり、それ以外になんらの義務も負担しないからである(右約款第九条、第一六条)。

(三)  同4(三)の損害及び原告の主張は争う。

(1) 被害車のように新車登録後二年一〇か月を経過した車両については、事故によつて損傷を受けたとしても、修理技術の向上している現代においては、事故車両についてその性能、美観において事故前と同様の状態に復元することが可能であり、被害車についてはその使用能力及び外観について完全に修復されている以上、本件事故に遭遇したということのみで、価格の低下をきたすことはない。

(2) また、本件リース契約においては、[リース契約満了後、買取選択権付とする。価格現状有姿金一六〇万円」との特約があるだけであり、かかる特約の趣旨は、ユーザーである松本において、本件リース契約期間満了後に金一六〇万円で被害車を買い取るか否かを決する権利があるというものであつて、下取価格で買い取る権利、あるいは金一六〇万円以下の金額で買い取る権利を認めたものではないから、原告が松本に対し、被害車を金一一五万円で売却したとしても、それ自体は直ちに本件事故に基づく原告の損害とならない。

(3) 仮に、被害車の価格が本件事故によつて低下したとしても、本件事故後の被害車の評価額については、本件リース契約期間満了後である平成元年三月二九日時点における市場小売価格で評価すべきところ、本件リース契約期間満了時における被害車の小売価格は金一六〇万円を下回ることはないのであり、原告は、松本以外の者に対して、少なくとも松本への売却価格金一六〇万円で売却することは十分可能であつたというべきであるから、原告に損害は生じていない。

(4) 以上、いずれにしても、原告には価格落代の損害は生じていない。

(四)  同4(四)、(五)の損害額は争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおり。

理由

一  請求原因1(交通事故の発生)の事実は、当事者間に争いがない。

二  証人渋谷正博の証言及び弁論の全趣旨によれば、請求原因2(被告の責任原因)の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

三  原告が被害車を所有していること、原告が、本件事故以前の昭和六一年三月一〇日、松本との間に、被害車をリース対象物件とし、リース期間を昭和六一年三月二九日から昭和六四年三月二八日までとする自動車フアイナンスリース契約(「本件リース契約」)を締結し、松本は、原告から被害車の引渡を受け、これを使用収益していたことは、当事者間に争いがなく、さらに、成立に争いのない甲第一号証、証人渋谷正博の証言によると、本件リース契約においては、リース期間満了後、松本が、被害車を予定残存価格である金一六〇万円で買取請求をすることができる旨の特約(以下「本件特約」という。)が付されていたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

四  そこで、原告の損害について判断する。

1  車両修理代 金一二〇万円

成立に争いのない甲第二号証、証人渋谷正博の証言及び弁論の全趣旨を総合すると、被害車は、本件事故により車両の前後に損傷を受け、JAFにより原告の工場に搬送されて修理がなされたが、ユーザーである松本の希望により全面塗装を施したため、その修理費用として金一三二万余円を要したこと、しかしながら、被告の加入している保険会社は、現実に損傷した被害車の前後部の部分塗装を主張したことから、交渉の結果、原告の本件事故による修理費用はJAFの費用金一万五〇〇〇円を含め金一二〇万円と協定されたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると、本件事故と相当因果関係のある被害車の車両修理代は金一二〇万円と認められる。

2  代車料 金三〇万三七五〇円

(一)  前記三で認定の事実に、前掲甲第二号証、証人渋谷正博の証言により成立を認めうる甲第三号証、証人渋谷正博の証言を総合すれば、原告は、松本との本件リース契約に基づき、被害車をリース供用物件として、松本に使用収益させていたところ、本件事故によつて被害車の修理を余儀無くされたため、レンタカー業者である株式会社トヨタレンタリース兵庫から、平成元年一月一〇日から同年三月三一日までの八一日間分のレンタカー料金四八万六〇〇〇円を自ら負担して、被害車の代車を借受け、これを松本の使用に供したこと、被害車は、修理のため平成元年一月一〇日に修理工場に搬入されたが、修理の範囲について前記保険会社と協議するための連絡待ちに二〇日間ほどを要したため、現実にその修理に着手されたのは同年二月一日ころであり、同年三月三〇日までにはその修理を完了していたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、事故で破損した車両を修理するための期間、代車を使用してこれに費用を要した場合、その代車料は、修理に通常必要な期間に限り通常生ずべき損害として認められるところ、右認定事実に基づくと、被害車の修理に通常必要な期間は五〇日程度と認めるのが相当であるから、本件事故と相当因果関係のある代車料は金三〇万三七五〇円(四八万六〇〇〇円÷八×五=三〇万三七五〇円)となる。

(二)  ところで、被告は、本件リース契約の基礎をなす契約約款第五条、第九条、第一六条を根拠に、本件リース契約においては、原告に代車を提供すべき義務は課されていないから、代車料は原告の損害に該当しない旨を主張する。

しかしながら、右約款の各条項は、要するに、リース物件引渡後の瑕疵担保責任(第五条)、リース物件の保守管理の責任(第九条)、リース物件の保管・使用に基づく賠償責任(第一六条)について、これをリース業者とユーザーのどちらに負担させるかを定めたもので、もつぱら本件リース契約の当事者のみを規律する条項にすぎず、右リース物件に第三者が損害を加えた場合において、かかるリース契約の埒外にある不法行為者との関係で、損害の帰属主体がリース業者であるのか、ユーザーであるのかを規律するものではないと解さざるを得ない。

そうすると、自動車の所有者から、右自動車が第三者の不法行為により破損したため修理を余儀無くされ、右修理に通常必要な期間代車を使用したことにより要した代車料を、損害賠償として請求された不法行為者は、これを賠償すべき義務があり、右自動車がたまたまリース供用物件であつて、その使用利益が所有者に帰属していないことを理由に、自己の賠償責任を否定することは信義則に照らし許されないものと解するのが相当であるから、被告の前記主張は採用することができない。

2  価格落代 金四五万円

(一)  前記三で認定の事実に、前掲甲第一、二号証、証人栗本宜俊の証言により成立を認めうる甲第四号証、証人渋谷正博の証言により成立を認めうる甲第五号証、証人渋谷正博、同栗本宜俊の各証言及び弁論の全趣旨を総合すれば、(1)被害車は、昭和六一年式トヨタクラウンロイヤルサルーンであり、本件リース契約締結当時、被害車は新車であつたこと、(2)本件リース契約には、リース期間満了後、松本において、被害車を現状有姿の価格金一六〇万円で買取請求ができる旨の本件特約が付されており、右価格の金一六〇万円は、リース物件たる被害車がリース期間満了時までの三年間正常に使用された場合の予定残存価格であつて、トヨタ・ニツサン独自の中古車査定表に基づく下取価格であること、(3)原告は、本件リース期間満了後、被害車の下取価格について、財団法人日本自動車査定協会(以下「査定協会」という。)の査定を求めたところ、査定協会は、本件事故による損傷の部位・程度が最高ランクであると判断し(前部後部ともサンドイツチ事故で、フレームにも影響があつた。)、平成元年六月八日時点における被害車の下取価格を金一一五万円と査定したこと、(4)査定協会の右査定額は、割賦販売の解約時の下取価格として出されたものであるが、リース物件の場合も同様であり、また、被害車は事故による評価損が大きいため、右査定時の下取価格と本件リース期間満了時である平成元年三月時点のそれとは、それ程差異がないこと、(5)松本は、本件リース期間満了後、本件特約に基づいて被害車の買取を請求してきたため、原告は、平成元年七月二〇日、松本に対し、被害車を前記査定額の金一一五万円で売却したこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実によると、本件特約の趣旨は、リース期間満了後、松本に対して、被害車について下取価格での買取選択権を与えたものにほかならず、その買取価格については、リース期間満了時まで正常に使用された場合における予定残存価格金一六〇万円を最高限とするものと解するのが相当であり、したがつて、原告は、本件事故がなければ、松本に被害車を金一六〇万円で売却し得た筈のところ、本件事故により被害車に評価損が発生して下取価格が金一一五万円に下落したため、被害車を金一一五万円で売却することを余儀無くされ、その結果、右差額金四五万円相当の損害を被つたものというべきである。そして、かかる損害は、近時自動車フアイナンスリース契約において本件特約の如き約定がなされることの多いことが当裁判所に顕著な事実であることに鑑み、通常生ずべき損害と認めるのが相当である。

(二)  なお、被告は、原告主張の価格落代の損害が発生していないことにつき、るる主張するが、破損車両に対して十分な修理がなされた場合であつても、修理後の車両価格が事故前の車両価格を下回ることが少なくなく、本件事故によつて被害車に右車両価格の差額すなわち評価損が発生していたことは、右(一)で認定したところから明らかであるし、被告の主張する本件特約の趣旨及びこれを前提とする主張は、右(一)の認定説示に照らして採用することができないから、被告の価格落代に関する主張はいずれも失当である。

4  弁護士費用 金二〇万円

5  以上損害額合計 金二一五万三七五〇円

五  よつて、原告の請求は、被告に対し、金二一五万三七五〇円及びこれに対する本件事故発生日である平成元年一月一〇日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから右の限度で認容し、その余の請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三浦潤)

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